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2012年11月

高齢の生活保護受給者

特養や老健、多機能グループホームなどのいわゆる老人施設には「生活保護受給者」が以外に多くおられます。生保を受給している人の多くは「血縁者」「家族」との交流がほとんどなく、亡くなる時でも、事務的な対応すら、誰にもしてもらえないことが多い・・・です。もちろん、お葬式は、生保なので、できません。なので、戒名もありません。今まで、悪いことは一切せず、何十年も働き続け、子どもも作って、誰かを愛し続けて一生懸命、頑張ってきたのに、それでも最後は、一人ぼっちで旅立たれる・・・そんな姿を見ると、とても感慨深い気持ちになります。ある認知症高齢者+生保にTさんという冗談好きの男性がいました。Tさんは、亡くなる2、3日前まで、とても元気で、にこにこしながら独り言(独話)を言っていました。私が、最後にTさんから聞いたのは「共同墓地は嫌だなあ・・・あれは、入りたくないよ」でした。Tさんは、前頭側頭型認知症なので、語義性も曖昧でしたが、それより躁鬱の徴候があり、落ち込む時は、本当に悲しそうな今にも泣き出しそうな表情になります。私は、共同墓地には入りたくない、それがTさんの遺言のようにも思えたので、行政の超質素な簡易葬儀のあと、形式だけの娘さんに連絡して、なんとか遺骨を引き取ってもらえないだろうかと、相談しました。Tさんの表情を克明につたえながら、何度も、必死に食い下がってみたのですが、結果は、ダメでした。最後のほうは、時間がない、忙しいからと逆切れされました。遺骨を引き取れない理由は、嫁いでいて、苗字が違うから、だそうです。・・・まあ、苗字が違っても、宗派が違っても、お墓は一人のものではないので、何の問題もないのですが・・・。そんな中、テレビでは「生保が10%削減」という話題で討論。一般会計が90兆円もありながら、最低のセーフティーネットすら確保できないなんて、どんだけ自己中な国なんだよ、と思います。Tさん、お疲れ様でした。来世は、違う国で逢いましょう。

・・・ということです。 (^-^)♪

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推察する「力」

最近の政治を見ていると「心」はともかく、政治家も国民も、みんな、突然、直観力とか洞察力なるものが急速に衰えてきているのでは?と思う。人は、本来であれば、迷いなく強い意志を持って言った力のある「言葉」と、本心とは裏腹で体裁だけを繕いながら発した軽い「言葉」の区別を明確にできた・・・はず。なのに、最近、それらが、すべてがうやむや化している。これは、嘘や捏造した事実だけを報道する身勝手なマスコミの影響だろう・・・か。そのせいで、どんなに疑わしくても、なんとなく受け入れてしまうという変な癖がつき始めているように思える。
たとえば、衆議院の解散前、それまで、野田総理は、輿石さんらの強い希望から、野党からうそつきと呼ばれても、解散をせず、ずっと耐えてきた。解散に反対している民主党の議員が輿石さんに限らず、その他にも大勢いるからだ。でも、その人たちは、堂々と「今、解散したら、選挙で負ける」と公共の場で言っていた。・・・これはKYどころか、病的とも思える不思議な光景だ。民意に逆らっているということが、どういうことか、それを聞いた国民はどう思うのか、それとも自分の発言の意味すら理解できない精神状態なのか・・・。とにかく、異常に見える。あれでは、選挙に、勝てるはずがない。それと、冒頭に「心」はともかく、と書いたが、今「心」がない人も異常に多いと思う。こんなに無駄が多いのに、生活保護を1割カットするとか、何のための政治なのか。民意も民意で、生活保護は「恥」とか、弱者に向かってなんという非礼だろうか。
財政上の理由から保証をさげるのであれば、まず、最初に「詫び」があるはずだろう。それを自分たちの不出来を棚に上げ、いきなり弱者を非難するなんて、政治家ではなく人として最低だ。頭が悪い上に、性格も悪い、それに、見た目も悪ければ、最低を通り越して最悪だ。(-_-X)

・・・ということです。 (^-^)♪

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認知的不協和と感情疾患について

認知的不協和は、社会心理学と初期の人格障害に分類されるもので、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された理論です。認知的不協和とは、簡単に言うと「自転車と車の事故」があって、自分がいつも自転車を利用していれば、車が悪いと考え、車を使っていれば自転車が悪いと思うようなことです。「自分の信念や、それまでの行動と矛盾する、新しい事実を突きつけられると、不快な感情を引き起こす現象」と定義されています。ちなみに認知的不協和は、誰にでもあるごく普通の感情です。ただ、これも度が過ぎると疾患に変わります。それが、感情疾患と呼ばれるものです。感情疾患は、1970年にアメリカの精神科医ピーター・E・シフネオス(Peter E. Sifneos)が定義した疾患です。それまで、失感情的な症状は、独立した疾患ではなく統合失調症の一部の症状として分類されていました。1970年といえば、40年以上も前のことですが、長い医学の歴史的にみるとそれほど昔のことではありません。それまでの長い間、感情疾患は、統合失調症と気分障害の重複症状で、さらに人格障害も加わるという疾患でした。しかし、それでは、あまりに曖昧すぎて、意味がないということで、新たに感情疾患としての「失感情症」アレキサイミアが定義されました。ただ、アレキサイミア「失感情症」は、精神的なストレス等からくる抑圧や防衛機制を含まず、それ以外の原因で、身体の感覚に気づくことが難しいという疾患なので、どちらかというと、精神疾患ではなく脳機能障害に近い疾患として説明されています。最近になって、やや鈍感な人が自身の気付きに劣等感を持ち、それが内面に積り、身体症状がさらに酷くなる、という流れからもアレキサイミアが発症するという説明が追加され、やや混乱している感じがします。痛くても大丈夫、苦しくても大丈夫、ダメだと思っても大丈夫、そんな人を見たら、この病気かもしれません。私は、最近の野田総理を見ていて、野田さんは、この病気なのでは?と思っています。自分の行動に対し、他人がどう思うか、それが哀れになるほど尽くズレているのは、まさに自分自身の感情や感覚がわからなくなっているからなのだと思います。この人は、多分、病気です。何よりもしばらく休養が必要なのではないでしょうか。

・・・ということです。 (^-^)♪

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