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認知的不協和と感情疾患について

認知的不協和は、社会心理学と初期の人格障害に分類されるもので、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された理論です。認知的不協和とは、簡単に言うと「自転車と車の事故」があって、自分がいつも自転車を利用していれば、車が悪いと考え、車を使っていれば自転車が悪いと思うようなことです。「自分の信念や、それまでの行動と矛盾する、新しい事実を突きつけられると、不快な感情を引き起こす現象」と定義されています。ちなみに認知的不協和は、誰にでもあるごく普通の感情です。ただ、これも度が過ぎると疾患に変わります。それが、感情疾患と呼ばれるものです。感情疾患は、1970年にアメリカの精神科医ピーター・E・シフネオス(Peter E. Sifneos)が定義した疾患です。それまで、失感情的な症状は、独立した疾患ではなく統合失調症の一部の症状として分類されていました。1970年といえば、40年以上も前のことですが、長い医学の歴史的にみるとそれほど昔のことではありません。それまでの長い間、感情疾患は、統合失調症と気分障害の重複症状で、さらに人格障害も加わるという疾患でした。しかし、それでは、あまりに曖昧すぎて、意味がないということで、新たに感情疾患としての「失感情症」アレキサイミアが定義されました。ただ、アレキサイミア「失感情症」は、精神的なストレス等からくる抑圧や防衛機制を含まず、それ以外の原因で、身体の感覚に気づくことが難しいという疾患なので、どちらかというと、精神疾患ではなく脳機能障害に近い疾患として説明されています。最近になって、やや鈍感な人が自身の気付きに劣等感を持ち、それが内面に積り、身体症状がさらに酷くなる、という流れからもアレキサイミアが発症するという説明が追加され、やや混乱している感じがします。痛くても大丈夫、苦しくても大丈夫、ダメだと思っても大丈夫、そんな人を見たら、この病気かもしれません。私は、最近の野田総理を見ていて、野田さんは、この病気なのでは?と思っています。自分の行動に対し、他人がどう思うか、それが哀れになるほど尽くズレているのは、まさに自分自身の感情や感覚がわからなくなっているからなのだと思います。この人は、多分、病気です。何よりもしばらく休養が必要なのではないでしょうか。

・・・ということです。 (^-^)♪

それでは、明日が貴方にとっていい日になりますように。

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